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5年以上前投稿 修正あり

MySQLの過去を振り返る Part 4 エンタープライズ向けのたくさんの機能

長らくMySQLの開発に関わってきたStewart Smith氏が、MySQLの誕生から現在、将来の展望までを駆け足で語る。Part 4は、MySQL Clusterのベースになるプロダクトの買収、MySQL 5.0開発の困難について。

原文
Ghosts of MySQL Past: Part 4, A million features for Enterprise (English)
翻訳依頼者
D98ee74ffe0fafbdc83b23907dda3665
翻訳者
D98ee74ffe0fafbdc83b23907dda3665 doublemarket
原著者への翻訳報告
未報告


SAPはまさにエンタープライズであり、データベースのエンタープライズ向け機能の全てを使うものだった。これは、それまでのあらゆるMySQLユーザのもの(大抵はWebアプリケーションで、ますます広く使われていた)とはかなり違ったアプリケーションだった。これについては「MySQLがエンタープライズに目を向けた」と言われた。

ちなみに2003年とはこういう状況だった。ビューは未実装、ストアドプロシージャ未実装、トリガ未実装、カーソル未実装、プリペアードステートメント未実装、倍精度計算未実装、SQLアクセスログ未実装、デッドロックの実情報は見られず、テーブル名にスラッシュが使えず、パフォーマンス統計情報は見られず、完全なユニコードも使えず、パーティショニングも行レベルバイナリログも時刻型での秒以下の精度も扱えず、INSERTやUPDATEやDELETEのEXPLAINもなかった(最後のは今でも使えないが)。SAPで使うには、MySQLにはまだまだ長い道が残されていた。長い長い道のりだ。

ところで、MySQL上で携帯電話網をどうやって動かそうとしたのだろうか?MySQL ABは、エリクソンをスピンオフしたAlzatoを買収した。この会社は後にMySQL Clusterとなる、クラスタデータベースサーバであるNDBを持っていた。これはレプリケーションの機能とは別物で、元々はGSM HLRデータベース(訳注 : 携帯電話網のユーザ管理に使われるデータベース)用にデザインされたものだ。初期のバージョンでは2種類の可用性があった。ファイブナイン(99.999%)かゼロナイン(0.000%)、つまり、完璧に動くか、全然動かないかのどちらかだ。完全に成熟しきっていないデータベースエンジンを取り上げ、それをMySQLに統合するのは、気弱な人間のやることではない。こういったことを試みたのはこれが最後ではないだろうが、これは完璧に成功だったと判明する。

2004年10月、MySQL 4.1がGAとなる。MySQL Clusterの最初のバージョンでもあり、ついでに言えば私がMySQL ABのMySQL Clusterチームに加わる直前でもあった。

この時まで、MySQl ABは外部コントリビュータのほとんどを雇っていた。そんな時、パッチよりも面接の方がよいだろうか?外部のコントリビュータとの関係をうまく保とうとする努力は、ずいぶん前からあることで、今に始まったことではない。

2005年は、MySQL 5.0の不安定さに泣いた年になった。当時、5.0は開発版で、その不安定さに悩まされていた。(例えばSAPチームのような)開発チームは、完成品を作るのに本当に苦労していた。彼らが新しい5.0のtrunkバージョンに作業結果をリベースするたび、サーバは見たことのない、そして不思議な動きで暴走したものだ。

実際のところ、状況はとても悪く、継続的インテグレーションの再開発とも言うべきものだった。つまり、機能が2歩進むと安定性が1歩後退するといった有様だった。事実、同じころに、stableな開発ツリーがほとんど存在していなかったのも、悪い知らせの前触れのようだった。

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